Proverbs 11:1
不正な秤は主にとって忌むべきものであり、
正しい重さは主の喜びです。
a. 不誠実なはかりは忌み嫌われるものである 忌み嫌うという言葉は、恐ろしい、おぞましいものにのみ使われた。 このことは、神が単純な正直さと公平さをどれほど深く気にかけておられるかを示しています。
b. 不誠実な秤を忌み嫌われる。 正しい重さは神の喜びである。 b. 正しい重さは神の喜び:神は詐取する不正者を非難するのと同じ程度に、公正で公平な商習慣を喜ばれる
i. モーセの律法は神の民に正直なはかりを持つようにはっきりと命じた(レビ記19:35-36、申命記25:13-16)。
箴言11:2
誇りが来れば恥が来る、
しかし謙遜な者には知恵がある
a. 高慢が来れば、恥が来る。 高慢な男や女は恥を恐れる。 皮肉なことに、彼らは恥や不名誉を自ら育てている。 その一つの重要な理由は、神が高慢な者に抵抗されるからである(ヤコブ4:6、1ペテロ5:5)
b. へりくだる者と共に知恵がある。 謙遜には大きな知恵がある。それは謙遜が神についての真理と自己についての真理を、特に他者との関係において認識するからである。 この謙遜は真の知恵の重要な基礎である。
i. へりくだった者 “Lowly (King James Version, Revised Version) is a rare word, only found here and (as a verb) in Micah 6:8 (‘walk humbly with thy God’), where it suggests the biddable spirit that is opposite of the insubordination just considered.” (邦訳は「謙虚に」) (キドナー)
ii. 「謙虚な人は正義以外に何も求めず、自分に対して最も卑しい評価をし、称賛や賛美を何も期待せず、期待も願望もしない称賛を受けることでしか失望することがない。” (Kidner)
ii. (クラーク)
Proverbs 11:3
まっすぐな者の誠実さは彼らを導き、
しかし不実な者の不誠実さは彼らを滅ぼす
a.箴言 11:3
箴言 11:3
正しい者の誠実さは、彼らを導く。 まっすぐな人の誠実さは彼らを導くでしょう。 恥も外聞もなく、誠実に生きる男や女は、まっすぐであると認められ、その誠意が彼らを導いてくれる。 不忠実な者の陋習は彼らを滅ぼす。
Proverbs 11:4
富は怒りの日には益とならず、
義は死から救う
a. 富は怒りの日に利益をもたらさない 箴言集は富の恩恵と同時に、その限界も認めている。 地上の富は怒りの日には役に立たない
i. ジョン・トラップは歴史的な例を用いて、怒りの日には富は利益をもたらさないという真理を説明した:「こんなに豊かなのに、どうして私は死ななければならないのか? と、ヘンリー六世の時代、ウィンチェスターの司教であったあの惨めな枢機卿ヘンリー・ボフォートは言った。 死は雇われるものではないのですか? 金ではどうにもならないのか? 彼の富は彼を免れることができなかった」
b. しかし、義は死から解放する。
箴言11:5
罪のない者の義はその道を正しく導くが、
悪い者は自分の悪によって倒れる
a. 罪のない人の義はその道を正しく導く。 罪のない人は、神の目が正しい人に向けられていることを確信し、安らぎを得ることができる。 邪悪な者は自分の邪悪さによって倒れる。 邪悪な男や女は、そのような確信がない。
Proverbs 11:6
The righteousness of the upright will deliver them,
But the unfaithful will be caught by their lust.
a. 直立した者の義が彼らを救い出す 直ぐな者は報いを受け、その義は祝福され、彼らは救い出される。
b. 不忠実な者はその欲望に捕らわれる。
Proverbs 11:7
悪い人が死ぬと、その期待は消え、
不正な人の希望は滅びる
a. 彼の期待は滅びる 邪悪な男や女はしばしば祝福と善を期待するが、その期待は死んですべての男女に下される裁きに直面するとき、滅びる(ヘブル9:27)
b. 不正な者の希望は滅びる
b. 不正な者の希望は滅びる:不正な者の希望はただの願望に終わり、その願望は辛く失望させられる
i. “つまり、邪悪な者の期待や希望は、完全に墓のこちら側にあり、死とともに消滅する。” (モルガン)
ii. 「希望は悪人のために作られたのではない、それなのに彼らは希望に最も溢れている人たちである 彼らは救われることを望み、ついに神の国へ行くことを望む。しかし、彼らは滅びの方に顔を向け、立ち返ることを拒否している。 しかし、彼らの希望は墓場より遠くには行かないのだ。 (クラーク)
Proverbs 11:8
正しい者は悩みから救い出される、
そしてそれは代わりに悪人のもとにやってくる
a. 正しい者は困難から救われる 神は正しい者に救いを約束される。 彼らが現世で経験するどんな困難も一時的なもので、現世と特に来世で主の解放を見ることになる。
b. 代わりに悪しき者に訪れる 正しい人にとって、この人生は彼らが経験する最悪の問題である。
i. 悪人にとって、最大の悩みはこれからです。 “イスラエル人は紅海の悩みから救い出されたが、エジプト人は紅海で溺れた(出エジプト記14:21-28)。 モルデカイは絞首台から救い出され、その上にハマーンが吊るされました(エステル記 5:14; 7:10)。 ペテロは、迫害者や看守が断罪される中、死から救い出されたのです。 (橋)
箴言11:9
偽善者はその口で隣人を滅ぼし、
しかし知識によって正しい人は救い出される
a. 口先で隣人を滅ぼす 偽善者の見分け方の一つは、言葉で人を滅ぼすことである。 誠実な愛は人を建てようとするのであって、人を滅ぼそうとするのではない
i. 「ハマンは忠誠心を装って、国民全体を滅ぼそうとした(エステル記3:8-13)。 ジバも同じように偽装して、隣人を滅ぼそうとした(2サムエル16:1-4、比較19:26-27)。” (橋)
b. 知識によって、正しい者は救い出される。
Proverbs 11:10
When it goes well with the righteous, the city rejoices;
And when the wicked perish, there is jubilation.
a.神の解放は彼らの知恵と神との人間関係の意味での知識を通して正しい者にもたらされる。 正しい者とうまくいくとき、都は喜ぶ。 神は正しい者をもって人の間に好意を与え(箴言3:4)、彼らが祝福されるとき、共同体は喜ぶ
i. 「そのような人が励まされ、権力や信頼のある場所に進むと、町は喜ぶ。その政府の市民や臣民は、彼らが公事を管理することによって、正義と静けさ、その他多くの利益を確信するので、喜ぶのである。 (プール)
ii. “世間がいかに美徳を無味乾燥なものとしたところで、公共生活における美徳の恩恵は高く評価する。”(プール)
ii. (キドナー、ロスにて引用)
b. 邪悪な者が滅びるとき、歓喜がある。 共同体は正しい者の祝福を喜ぶと同時に、邪悪な者の災難と終焉を祝福する。
i.悪人や悪女が過ぎ去っても寂しくはない。 “ローマはネロの死を喜び、フランス革命ではロベスピエールの死を国民が喜んだ。” (Waltke)
箴言11:11
まっすぐな者の祝福によって都は高められるが、
悪人の口によって倒される
a.箴言11:11は、箴言11:11は、直立した者の祝福によって高められるが、悪者の口で倒される
。 都市は高められる まっすぐな人に良いことが起こると、それは共同体全体にとって良いことである。 彼らの祝福と繁栄は彼ら自身を越えて広がる。
b. 邪悪な者の口によって倒される。 邪悪な者の言葉は、都市を破壊し、その転覆をもたらすことさえある。
i. この邪悪な者の口は、霊的にも政治的にも都市を転覆させることができる。 それは霊的あるいは社会的な欺瞞を促進することによって行われることがある。 “扇動の種を蒔く者であれ、民衆の誘惑者であれ、シバであれ、シェブナであれ、肉欲の福音者であれ、神なき政治家であれ、その目的は真理の力を形式化して衰えさせ、ついには無情で樹液のない宗教を我々に残すことにある。”。 (Trapp)
Proverbs 11:12
知恵のない者は隣人を軽蔑し、
しかし、理解ある者は平和を保つ
a.箴言 11:12
知恵のない者は自分の隣人を軽視し、
しかし、理解ある者は自分の平和を保つ
。 知恵のない者は隣人を軽んじる。 知恵の道は、愛と尊敬の道でもある。 人が隣人を軽蔑するとき、それは優れた知恵と見識の証拠ではなく、真の知恵の失敗です。
b. 理解ある人は平和を保つ 知恵(理解力)のある人は、自分の怒りを抑えるべき時と場所があることを認識する。
Proverbs 11:13
A talebarer reveals secret,
But he who is a faithful spirit conceals a matter.
a. 告げ口をする人は秘密を明かす 不実な噂話をする人、制御できないおしゃべりな人(告げ口者)は、秘密を明かすことの力と策略が大好きである。 彼らにとって、そのような秘密は自分の昇進のために使う力の一形態なのである。 タレコミ屋。 “あるいは、(そのような者の作法として、ある場所や人から別の場所へ)物語を語り歩き、報告をばらまくことを仕事とする者は、秘密を暴露する。” (Poole)
ii. “仲間の生き物の幸福を弄ぶこの残酷な男に近づくのは危険である。 彼が隣人についての秘密を私たちに容易に裏切るように、彼は私たちについての秘密を他の誰かに裏切るからである。” (プール)
ii. (ブリッジズ)
b. 忠実な精神の持ち主は、ある事柄を隠す。 知恵のある人、つまり忠実な精神の持ち主は、ある事柄を隠すのに適切な時期があることを知っています。
Proverbs 11:14
Where there is no counsel, the people fall;
But in the multitude of counselors there is safety.
a. 助言のないところに、人々は倒れる。 人々は指導と導きを必要としている。 神様は権威のある制度と構造をお与えになったので、指導者になる人は賢い助言を与えることができなければならない
b. 多くの助言者の中に安全がある。 多くの助言者から意見や意見を受けることには大きな価値と安全性がある。 男性も女性もすべての賜物と知恵を持っているわけではないので、多くの相談者がいることは、決定においてより大きな知恵と安全をもたらすためにうまく機能するかもしれない
i. “原始キリスト教徒が皇帝のために祈った特別なことの一つは、神が彼にSenatum fidelem、つまり忠実な評議会を送ってくださることであった。” (Trapp)
Proverbs 11:15
He who is surety for a stranger will suffer,
But one that hates being surety are secure.
a. 見知らぬ人のために保証人になる人は苦しむことになる。 他人の借金を払うと約束することは、トラブルを招くことです。
b. そのような愚かな約束のために、人が苦しむのは決して不思議なことではありません。 保証人になることを嫌う人は安全である。
Proverbs 11:16
A gracious woman retains honor,
But ruthless men retain riches.
a. 気品のある女性は名誉を保つ
i. 真に気品のある女性の証は、自分自身に名誉と威厳を持ち続けていることです。 気品のある女性 「ヘブライ語で、恵みと好意のある女性、すなわち、柔和、謙虚、慎重、その他の徳によって、神と人に受け入れられ、好意を持たれるようにする人」。 (プール)
b. 冷酷な人間は富を保持する。 品格と名誉は気品ある女性にとって重要であるが、冷酷な者が気にするのは富だけである。 富は彼らの神である
i. この諺には冷酷な男という否定的な意味はなく、単に強い者にもたらされる報いを語っているという説がある。 この諺の方法は、対比というより比較であり、「気品のある女」は「乱暴な男」と同じ強さと粘り強さで名誉を守り、「強い男」は、公認版のように富を保持するという考え方である。 ここでいう「乱暴な」という言葉は、善よりもむしろ悪を示唆している。” (モーガン)
Proverbs 11:17
情け深い人は自分の魂に良いことをするが、
残酷な人は自分の肉を悩ます。
a.情け深い人は自分の魂に良いことをするが、残酷な人は自分の肉を悩ます。 情け深い人は自分の魂のために善を行う。 人に情けをかける人は情けをかけられる(サムエル記上22:26)、これは魂にとって良いことである。
i. あわれみ深い人 “語られる優しさはヘセド、不動の愛であり、神のようなものである” (キドナー)
b. 残酷な者は自分の肉を悩ます:他人に対して無慈悲で残酷な者は、それが自分自身を悩ますことに気付く。 人が人に使う量りは、自分にも量られる(マタイ7:2)
i. “悩み “という言葉はヨシュア記7:25-26-アチャンがイスラエルを悩ましたことを想起させるかもしれません。” (ロス)
箴言11:18
悪人は欺く仕事をするが、
義を蒔く者は必ず報われる
a. 悪い人は人を欺くような仕事をする。 誰かが欺きや不誠実な仕事をするとき、それは邪悪な証拠である。 賢くて正直な人は、仕事が正直で誠実な方法で行われなければならないことを知っている。
b. 義を蒔く者は、確かな報酬を得ることができる。 正直に、誠実に、自分の仕事をする人は、その仕事の確かな報酬を見ることができる。
Proverbs 11:19
As righteousness leads to life,
So he who pursues it to his own death.
a. 正義が生命につながるように ソロモンにとって、これは自明の理であった。 同じ論理で、”太陽が東から昇るように “と書くこともできたはずだ。 義の道は命に通じる
b. 悪を追い求める者は、自分の死に向かってそれを追い求める。 悪の道もまた道であり、それは死に至る。 多くの人は悪の道を追求するために多くの犠牲を払いますが、その報酬は死という行き着く先だけです。
i. 悪を追及する。 “それは熱い足でそれに従う – アサエルがアブネルに従ったように”。 つまり、完全にそれを追い求め、それを大漁に得ようと考え、「貪欲をもってすべての汚れたもの」を働かせるのです。 (トラップ)
箴言11:20
心の歪んだ者は主にとって忌むべきものであり、
しかしその道に咎のない者は主の喜びである。
a. 心のゆがんだ者は、主にとって忌むべき者である。 私たちは罪の犠牲者であるという意味もありますが、もう一つ、おそらくもっと大きな意味として、私たちは進んで罪に参加し、加害者であるということがあります。 神は、人間の曲がった心を、ご自分の前で忌み嫌うものと見なされるのは正しいことである
b. その道に咎のない者は、主の喜びである。 男も女も神を喜ばせることができる。 特に新約の観点からは、罪のない人とは、イエス・キリストの人とわざのゆえに赦され、義とされた人たちであることが分かります。 このような人々は神の喜びであり、神が御子を喜ばれるように、彼らを喜ばれる。 このことわざは、新約が約束した変革をほのめかしていると言える。 “この諺は、人間の情念を神の情念に対応させるための変容を呼びかけている。 人は心において誠実でなければならず、道において不変でなければならない。 中途半端な根拠は認められない。” (Waltke)
箴言11:21
「彼らは力を合わせても、悪人は罰せられない。
しかし、正しい者の子孫は救い出される」
a. 力を合わせても、悪人は罰せられない。 人間は一人では神に逆らうほど強くはなく、集団でも神に逆らうほど強くはない。 バベルの塔の時代、人類が力を合わせて神に抵抗した時、神は裁かれた(創世記11:1-9)
b. しかし、正しい者の後代は救い出される。
Proverbs 11:22
As a ring of gold in a swine’s snout,
So is a lovely woman that lack to discretion.
a. 豚の鼻の中にある金の指輪のように ソロモンはユーモラスで不条理な言葉のイメージを使った。 豚の鼻に金の指輪をはめようとは誰も思わないだろう。 思慮分別に欠ける美しい女性もそうである。 豚の鼻に金の指輪をはめるのはふさわしくない。それと同じように、思慮深さを示す知恵や自制心を持たない美しい女性を持つのはふさわしくない。 その女性の美しさの力と影響力は、彼女の愚かさを埋め合わせるには十分ではない。
i. 思慮分別に欠ける。 この言葉は文字通り「味覚」です。これは肉体的な味覚(出エジプト記16:31)、知的な分別(サムエル記上25:33-アビゲイルにはそれがあった)、または倫理的判断(詩編119:66)を意味することができます。 ここでは、道徳的感性のない、礼儀を知らない、無節操な女性のことを指しているのでしょう。 (ロス)
ii. “この女性は実際にdiscretionを放棄していることに注意。” “不道徳な生き方が暗示されている。” (Ross)
ii. (ギャレット)
iii. “服装、話し方、振る舞いにおいて、彼女が野暮ったい動物に変身してしまったことを暗示している。 実際、彼女は豚よりひどい。 豚はもともと野暮ったいものですが、この女性は威厳から「脇へそれる」のです。 間違った装飾品は、彼女の美しさを引き立てるどころか、愚かなまでに無駄で、グロテスクで、嫌悪感を抱かせる。 彼女はその天賦の才能によって名誉を得る代わりに、嘲笑を勝ち取るのです(11:16)。 このことわざは、外見の美しさではなく、内面的な優しさを優先するよう若者に教えているのです。” (ヴァルトケ)
iv. “この対比の思考を少し実行すれば、豚が金の光沢を速やかに破壊することが認識されるであろう。” “従って、思慮分別のない女性は、必ず自分の美しさを破壊する。” (モルガン)
Proverbs 11:23
The desire of the righteous is only good,
But the expectation of the wicked is wrath.
a.正しい者の望みは善だけである。 正しい者の願いは善だけである。 義人や義女の善良な性格は、その願望に反映される。 彼らは善いものを望みます。
b. 邪悪な者の期待は怒りである。
Proverbs 11:24
散らしながら、さらに増やす者があり、
また、正しいことよりもさらに隠す者があるが、
それは貧困につながる
a. 散らしても、さらに増やす者がいる。 これは、無駄な分配という意味ではなく、散財する寛大な男性や女性のことを指している。 これは聖書的な寛大さであり、後に大きな収穫をもたらす種まき(2コリント9:8-13)のようなものである(より多く増やす)。 神とその働きのために惜しみなく与えるとき、私たちは決して損をしない。
b. 正しいこと以上に差し控える者がいる。 ケチであること、正しい以上のものを持ち続けることは、貧しさにつながる。
箴言11:25
寛大な魂は豊かにされ、
水をやる者は自分も水を与えられる。 寛大な魂は豊かにされる 神は寛大な魂を祝福すると約束され、この世、来世、またはその両方において富を与えるだろう。 寛大な魂 ヘブライ語で「祝福の魂」。創世記33:11、サムエル記25:27、2コリント9:5など、祝福はしばしば贈り物として使われるように、他人を祝福する人、つまり彼らに良いことをする人である。 (Poole)
二. Richは文字通り太っていることで、欽定訳ではそう訳されている(The liberal soul will be fat)。 “特に、食べるものが少ない国では、「太らされる」という比喩は、富、豊かさ、満腹、健康を意味する(申命記31:20参照)。” (ヴァルトケ)
b. 水を与える者は、自らも水を与えられる。 私たちが与えるとき、神はどのように私たちに与えるかを知っておられます。 私たち自身が水を与えられることなく、他の人に水を与えることはできないのです。 私たちは、神様に導かれた寛大さによって、決して損をすることはありません。 イエスは私たちに、受けるよりも与える方が幸いであると言われました(使徒20:35)。 “水を得たいなら、水を与えなければならない。 それは自己満足の奇妙な方法のように見えるが、私はあなたがそれを試してみることを祈る。” (Spurgeon)
二. “牧師は自分の民衆への救いのメッセージによってリフレッシュされる。 日曜学校の教師は、指導の仕事の中で多くの貴重な教訓を学ぶ。 あらゆる霊的賜物、あらゆる活動的な恵みは、行使することによって増大し、一方、怠ることによってその効率は衰える。”(Spuron)
ii. (ブリッジズ)
箴言11:26
民は穀物を差し控える者を呪うが、
それを売る者の頭には祝福がある
a. 民衆は穀物を差し控える者を呪う。 これは、穀物を売る人が、市場を操作して後でもっと高い値段をつけようと思って、売るのを拒否することを念頭に置いている。 このような利己的な人は、神に反対されるだけでなく、人々から呪われることになります。 神は驚くほど寛大な神です。利己主義は人間の堕落した性質から来るのです。
i. “穀物商は自由に使えるより大きな蓄えを持ち、不足の時には価格を上げるために蓄えることができたと思われる。” (ウォルトケ)
ii. この節は、穀物の規制価格を定めてはいないが、売り手にその行為の最終的な結果を警告することによって、買い手を保護しているのである。 人々は彼を呪うだろう
iii. チャールズ・スポルジョンは、これが金融市場や取引をどのように見なすべきかを語っていると考えた。 「買い手と売り手、主人と労働者の間に干渉する法律は、どんな形であれ、失策であり迷惑なものである。 議会や王侯は価格を規制するという古めかしい不条理にしがみついているが、聖霊はそのようなことは何もしない。 パンや小麦の価格を統制しようとする人間の試みは、フランスの歴史がよく証明しているように、まったくの愚行である。 市場は放っておくのが一番です。ですから、この文章では、物事の性質上避けられないことを除いては、法律が制定されることもなく、罰則が科されることもありません。 神は、人間がそうであろうとなかろうと、政治経済を知っており、警察の規制という粗末な機械を捨てて、違反者をはるかに効率的な自作自演の立法府の下に置くのである」
b. 祝福はそれを売る者の頭上にある。 穀物や商品を提供して善を行う者は、共同体から祝福される。 この諺は穀物を与える人のことではなく、単にそれを売る人のことであり、公正で良い値段で提供する人のことである
i. この原則は、実用的であると同時に、精神的なものである。 私たちがため込まずに分配するとき、祝福がもたらされるのである。 スポルジョンはこれを19世紀の宣教運動における福音の「分配」と、そのために教会にもたらされた祝福に適用しました。 「フラー、キャリー、サトクリフらがインドに宣教師を送り出すために集まった日から、まだ終わっていない恵みのリバイバルの夜明けが始まったのです。 私は、異教徒に言葉を送ることを怠ったことが、教会に害と呪いをもたらし、それが今や幸福に取り除かれたと信じる」
Proverbs 11:27
熱心に善を求める者は恩恵を受け、
しかし悪を求める者には悩みが来る」
a.箴言 11:27
箴言 11:27
熱心に善を求める者は、恩恵を受ける。 切に善を求める者は好意を見いだす 神は熱心に善を求める者を尊ばれ、その者は神と人々の間で好意を持たれるようになる。 特に、求める善が神ご自身である場合は、そうである(申命記4:29、マタイ7:7)。 悪を求める者には、問題が起こる。 善を求めると好意をもたれますが、悪を求めるとトラブルを招きます。
i.その悩みは、しばしば、求める悪を見つけることである。 悪を求める者 悪を求める者:”悪を求めるサタンのしもべたちの絶え間ないエネルギーは、私たちの無関心を恥じるものである!” (橋)
箴言11:28
自分の富に信頼する者は倒れ、
しかし正しい者は葉のように栄える
a.自分の富に信頼する者、
しかし正しい者は木の葉のように栄える
a.自分の富に信頼する者は、自分の富に信頼する者は、
しかし正しい者は、木の葉のように栄える。 自分の富を信頼する者は倒れてしまう 箴言は、お金や富の価値を教えているが、決して富を信用してはならないと教えている。
i. 金持ちを信頼することは、自分自身の転落を招くことである。 “富は、それを信頼するものにとって決して真実ではなかった” (トラップ)
b. 正しい者は葉のように栄える。 正しい人または女性は、富を信頼せず、神を信頼する。
Proverbs 11:29
He who troubles his own house will inherit the wind,
And the fool will be servant to the wise of heart.
a. 自分の家を悩ます者は、風を受け継ぐ。 自分の家に災いをもたらすことは、嵐と困難に満ちた未来を準備することである。
i. 風を受け継ぐとは、嵐と悩みに満ちた未来を持つことである。 “アコルの谷 “が名づけられた(ヨシュア7:26)アチャンは、このことわざの典型的な例を示している。 ナバルは、身勝手に自分の部下のために食料や水をため込むことによって、その家庭に災いを掛けたが、アビゲイルはその知恵によってそれを救った(1サムエル25:17、33)。” (ウォルトケ)
b. 愚か者は心の賢い者に仕えることになる。 神の祝福は賢い者の上にあるので、神は心の賢い者を引き上げられる。
Proverbs 11:30
正しい者の実は命の木であり、
また魂を獲得する者は賢い者である
a. 正しい者の果実は命の木である。 正しい生活は実を結び、それが他の人に命を与える。 新約聖書では後に、神の民の生活における御霊の実について語られる(ガラテヤ5:22-23、エペソ5:9)。 これは、他者への命の木のような実です。 それは他の人に日陰と糧をもたらす。
i. “義人の実、すなわち彼の命は、彼に固定されたものではなく、彼から生えてくるものです…。 あなたの宗教が本物であり、真実であり、自然であり、活力あるものであることにもっともっと目を向けなさい-人工的でなく、束縛され、表面的で、時間、日、場所のもの、興奮によって生じる菌、会議によって生じる発酵、演説によってかき乱されるものである。 私たちは皆、荒野でも群衆の中でも生きていける宗教を必要としている。人生のあらゆる歩み、あらゆる仲間に姿を見せる宗教を。 (スポルジョン)
b. 魂を獲得する者は賢明である。 知恵の最大の働きの一つは、神と神の王国へ魂を勝ち取ることである。
– 私たちは恋愛で勝利という言葉を使います; 魂を勝ち取るためには、彼らを愛さなければなりません。
– 私たちは戦争で勝利という言葉を使います; 魂を勝ち取ることは戦いです。 「神自身は知恵なしに魂を獲得することはない、永遠の救済計画は無謬の判断によって指示され、そのすべての行に無限の技量が明らかである……。 新しい創造物にも古い創造物と同じように多くの知恵が見られます。 救われた罪人には、無から生じた宇宙と同じように、神を見ることができる。” (スポルジョン)
ii. 魂を獲得する者:”ヘブライ語で、鳥を捕るように魂を捕る者。”魂を神のもとに獲得し、悪魔の罠から救い出すために、自分の目的と仕事をし、すべての技術と勤勉さを駆使する者である。 (Poole)
<9735>iii。 “魂(=人々)を獲得する “という表現は、しかし、文脈上必要な場合には、”命を奪う “という意味にもなり得る(1列王記19:4のように)……。 しかし、旧約聖書では、思想や影響力をもって人々を捕らえるという比喩を知っている…そして、「あなたは人を捕らえる」という約束は、このことわざの響きを呼び起こすという意味であれば、二重に適切である。 (キドナー)
iv. 「この文章には、勝ち取る必要のある魂があることが暗示されている。 ああ、私は、人間のすべての魂は、本質的に失われたものである。 (Spurgeon)
v. “‘He that winneth souls is wise.”(魂を勝ち取る者は賢い。 彼がどうやったかは問わない。 彼は福音を歌い、あなたはそれが好きではなかったが、もし彼が魂を獲得したなら、彼は賢明である。 魂を勝ち取る者は、自分なりの方法があり、魂を勝ち取るだけであれば、賢いのです。 私は、何が賢明でなく、最後にはそう思われないかを教えてあげよう。すなわち、教会を回って自分では何もせず、主の役に立つすべてのしもべをののしることである。” (スポルジョン)
Proverbs 11:31
正しい者が地上で報われるなら、
神を信じない者、罪人はなおさらである
a.正しい者が地上で報われるなら、
神を信じない者、罪人はなおさらのことである。 正しい者が地上で報われるのであれば 神の義人たちが、まだ地上にいる間に、その義の報いを少なくとも何かしら見ることが何度もあることがわかる。 正しい人生は祝福された人生である。
b. 不敬虔な者、罪人はいかばかりであろうか。 正しい人は報いを受ける、しかもこの地上でしばしば。 このことは、不敬虔な者や罪人にも当てはまることを考えると、気が重くなります
。